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暮らしが仕事、仕事が暮らし。

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日々の仕事や暮らしのことを綴る日記のようなブログです。 マガジンタイトルは、陶工・河井寬次郎の言葉より。
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#コラム

目標の高さと現在地、二点を結ぶ自分の行動を振り返る

登山漫画『岳 ―みんなの山―』を手がけた石塚真一が描くジャズ漫画『ブルージャイアント』が面白い。 舞台の始まりは、仙台市。仙台といえば、「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」というジャズフェスが有名。街のあちこちでジャズが演奏される市民音楽祭だ。 この街で、日々をなんとなく過ごしていた高校生がジャズに目覚め、のめり込んでいくストーリー。 毎回、コミックの巻末にはその巻にキャラクターが未来の姿で登場し、”当時”の主人公に関する思い出を振り返るシーンが収録されている。この

日々の思考を記録しておく

しばらく、noteの更新を止めていた。ひねり出すことが目的になりつつあり、表面上の発信になっている気がしてきていたからだ。 哲学者・千葉雅也さんの著書「アメリカ紀行」を読む。サバティカルで訪れたアメリカの地での出来事を文章にしている。見たこと、考えたことを、都度文章に残しておく。それが必要なのだと感じた。 文章を書かない時間が増えると、行き場のない思考が自分の中に沈殿していくような感覚を覚える。言葉が詰まってしまい、胸にあるもやもやが消えない。 考えは、適度に文章にして

まとまらない考えに向き合う

2月1日から毎日noteの更新をするようになって1ヶ月が経過した。毎日、何かしら文章を書き続けるというのは良いトレーニングになる。 毎日のブログは、日頃考えていることを言葉にし、日々の生活の中で発見したことを記録する役割を果たす。 書くネタが不足し始めると、次第に日々に発見を生み出すための行動を促すようになり、まとまっていない考えに向き合うようになる。 考えたことを文章にするというのはよく言われる話だ。それ以外に、文章にするからこそ考えがまとまるということもある。 毎

実践とフィードバック

今日はある企業の内定者たちの半年の活動の報告会にお邪魔した。仕事の経験がないながらも、半年ほどで大きく変化していて驚いた。 話を聞いていると、急成長を支えたのは「実践」と「フィードバック」のサイクルを小さく回数多く回したこと。 知識をインプットしただけでは人は成長しない。実践してみて、初めてわかることも多い。大事なのは、実践に対してフィードバックをもらうことだ。 経験者がいれば経験者にフィードバックをもらい、フィードバックを活かしてまた実践する。フィードバックをもらう。

熱量は伝播する

熱量は人に伝わる。 記事でも、写真でも、映像でも、プレゼンでも、なんでも。だから、人に何かを伝えるときはできるだけ熱量を込めたほうがいい。何か、自分のやりたいことに共感してもらう際は、特に。 今週末は、縁あって地域資源を生かした起業による移住を応援する「ドチャベン」(=土着ベンチャー)プログラムのピッチイベントで審査員を務めた。10分間のピッチを聞いて、事業プランに対して質問をした上で、審査を行う。 過去、審査の経験は多くないけれど、事業に関しての質問は起業家の取材時に

行為と関係

ここ最近、「行為」と「関係」はどちらが先か、という話をすることが多かった。会社のオフサイトの準備をしている際に妻とこの話になり、オフサイトの中でもメンバーにこの話をした。 「おはよう」と言うから関係が生まれるのか、関係があるから「おはよう」という挨拶をするのか。一緒にご飯を食べるから関係が生まれるのか、関係があるからご飯を共に食べるのか。 「鶏が先か、卵が先か」のような話かもしれないが、どちらを重視するかで関係づくりの軸が変わってくる。僕は「行為」から関係が生まれると考え

早朝の思索

ふと目がさめる。 枕元のiPhoneで時間を確認すると、まだ5時前。この時期だとまだ日が登る前だ。どうりで暗い。 「まだ起きるような時間じゃない」そう思い、もう一度眠ろうとする。だが、なかなか意識は途切れてくれない。日頃、眠りたくても眠れない時間は多いのに、なんともったいないことか。 仕方ないな、と眠ってくれない脳を働かせることにして暇をつぶす。それにしても、寝ようとしているのに寝付けないなんて、一体いつぶりだろう。 もしかしたら、昼間に半年ぶりに口にしたコーヒ

まず、書くことから始める

inquireで運営しているライティングを学び合うコミュニティ「sentence」に参加する会員さんが書く記事の量が増えてきました。 文章を上達させるために、書くことは欠かせません。知識のインプットやイベントへの出席では、上達まではしません。 書いてみて、振り返ってみたり、人から反応をもらったりして自分の文章やスキルが客観視できるようになって、少しずつ文章は上手くなっていきます。

自分の人生を切り開く起業家的なマインド

「個の時代」になった。そう言われることが増えている。 たしかに、働き方や暮らし方の自由度は以前と比べて上がっていて、選択肢は増えていると思う。 ただ、この不確実で、不安定な時代において、自分で自分の道を選んで進んでいける人がどれだけいるだろうか。 僕は起業家の人たちを取材してきて、彼らから見習うべき点が大いにあるのではないか、と考えている。 彼らは、自分の人生を自分で切り開いていく。そういうマインドセットが、多くの人に必要なのだと思う。 今の時代、答えはない。答えの

場の発話量に合わせて会話する

僕と直接会ったことのある人はわかると思うけれど、僕は基本的にあまりしゃべらない。9割は聞く側に回っていることが多いのだけれど、つまらないと感じているわけじゃない。 自分が話すことよりも、場で円滑なコミュニケーションが行われていることのほうが優先順位が高い。だから、会話が盛り上がっていれば、特に自分が発言する必要はないな、と考える。 場の発話量に応じて、自分が喋るペースや頻度をコントロールしているのだと思う。自分が喋りたいわけではないから、それでいい。 内向型をテーマにし

休暇の練習

今日は三連休の最終日。結局、遠出することもなく、三日とも何かしらの仕事をして過ごした。 23歳で大学を出て、24歳でフリーになり、連休中らしい連休をとった記憶がない。仕事が面白いし、何をしてても仕事につながるような職業なのであまり気にはしてないけれど、やはり経験できることは限られてしまう。 連休最終日は、6月の納会的な飲み会だった。もう7月も半ばになってしまったけれど、直接集まって色々話そうということでたわいもない話をした。 サバティカル休暇をとろうとしているメンバーや

人生を過度にドラマチックにしたくない

ソーシャルメディアができたことで、何気ない出来事が映画やドラマのワンシーンのように切り取られるようになった。 写真やテキストで、登場人物の考えや感情とセットで投稿され、そうした投稿には反応が集まりやすい。 ドラマは日常化し、いたるところで拡散されるようになっている。 人生に意味を求めること自体は否定しない。目的は持ったほうがいい。僕はそう考えるタイプだ。 だが、あまりにもあらゆる行動に意味をもたせすぎるのも疲れてしまわないだろうか。 食べたもの、行った場所、観たもの

何者でもない自分

7、8年も経つと人は変わる。知り合ったころとは、やっていることやライフステージが変わるからだ。 20代前半の頃に出会った人たちもみんないい年齢になった。「全くお金も仕事がなくて困るわー」、なんて笑っていたときに知り合った人たち。 まだ、自分が何者でもない頃に生まれたつながりは貴重だ(今の自分が何者かになったわけではないが、相対的に幾分マシにはなった)。 仕事が順調になると、仕事での付き合いも増える。そうやって知り合う人は、積み上がった後の自分を見る。自分にも、どこか取り

伝えようとするから、日常の気づきが増す

漫然と過ごしていると、日々の出来事は記憶に残らない。なんとなく、通り過ぎてしまう。 日常的になにかを発見するためには、アンテナを広く張ることも大事だし、見過ごしていたような小さな出来事に気づくように意識を向けなければならない。 とはいえ、注意を向けたほうがいい、と言われたからといってできるものでもない。インプットを増やすには、アウトプットを増やさないといけない。 最近、inquireではチェックインを取り入れ始めた。「good&new」という手法で、ミーティングの冒頭に