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野生の経営感覚、生きるための起業

企業家研究やソーシャル・イノベーション論を専攻している高橋 勅徳さんの著書『アナーキー経営学』を読みました。二郎系ラーメンやフグ釣り漁船、寺社のサイドビジネスなど、街中で見かける事象を経営学の観点から考察した内容が記載されています。

経営学という学問を一定以上の規模の企業における経営やそれに携わる人達に限定したものとするのではなく、より開かれたものとして捉えようというメッセージが込められています。そういう観点では、岩尾 俊兵さんの著書『世界は経営でできている』とも通じる点がありますね。

『アナーキー経営学』の冒頭では、経営という概念の起源をマックス・ウェーバーの宗教社会学のなかで提唱された「Betrieb」に求められるとし、「一定種類の持続的行為」として定義されるとしています。この定義に基づけば、「経営という行為は、この社会で生きるすべての人間が実践している普遍的なもの」と考えられます。この経営の捉え方は、「個人」も経営の対象とできないかという、個人的に関心のある経営における考え方にも重なります。

この経営の定義になぞらえて考えてみると、従来の経営学で触れられていない経営の主体は多いと考えています。例えば、「スモールビジネス」とされるような事業体はどのように経営するかというのも、大企業やスタートアップ等と比べると、流通している実践知や研究知が少ない。

本書では、終盤にて従来の企業家に対して抱かれていたような過剰なロマンチシズムを取り除いていき、「人は生きるために起業し、起業を通じて社会のなかで居場所を確保していく」といったことに言及しています。これを「生きるための起業」とし、企業家精神は人々を解放すると述べています。

個人的に、「自分の経営」という概念に加え、「市民のアントレプレナーシップ」のような概念について考えていて、本書はこうした自分なりの思考を整理するよいヒントが散りばめられていました。 読み返しながら、自分が伝えていきたいことの言語化を進めていきたいと思います。

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モリジュンヤ
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